大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和38年(ネ)1652号 判決

控訴人(被告) 大阪国税局長・阿倍野税務署長

訴訟代理人 山田二郎 外四名

被控訴人(原告) 辻勝子

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人等の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決中控訴人等敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出援用認否は

控訴代理人において、事実関係につき、相続税法第五条第一項にいう保険金受取人とは、商法上の定義に従い保険契約上において保険金受取人と指定されている者を指称し、実際に保険金を受取つた者を指すものではない。そして保険契約上の保険金受取人は保険証券の記載に基いて定めらるべきであるから、本件契約における受取人は被控訴人であつて辻徳光ではない。また右の受取人は、保険事故発生以前に何等変更されておらず、保険者に変更の通知もされていない。右の状況において本件保険金は被控訴人が自己の印鑑証明書添付の上保険金受取人として保険者富国生命保険相互会社に対しその支払を請求し、右会社はこれに応じ右受取人たる被控訴人に支払い、被控訴人は右印鑑証明書と同一印鑑を押捺した領収証によりその受取を証明しているのみならず、本件再調査請求書において、被控訴人自身の保険金受領を自認しているから、本件保険金を現実に受取つた者も亦被控訴人である。被控訴人と辻徳光との間に、仮りに条件付保険金移転の約定が当初自己契約の形式で成立したとしても、契約上の受取人変更手続がなされていないのみならず、右自己契約は被控訴人の共同親権者の一方(父)のみの徳光が単独で行つたに過ぎない利益相反行為であるから、無効である。また課税基準時は、保険事故発生時であつて、保険金受取人が保険者に対して保険金債権を取得したことが贈与とみなされるものであり、右債権の発生後の譲渡や喪失は、課税の当否には何等影響がない。と述べたほか原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

(証拠省略)

理由

被控訴人主張の贈与税決定賦課処分、これに対する控訴人税務署長に対する再調査請求、右請求棄却決定、控訴人国税局長に対する審査請求、右請求棄却決定があつたことは当事者間に争なく、右決定が控訴人等主張の通り昭和三五年一二月一四日被控訴人に送達されたことは、成立に争のない乙第九号証により認められるそこで右課税処分の内容即ち課税要件の存否について審按するに被控訴人の父である辻徳光と富国生命保険相互会社との間に、保険金受取人の点を除き、被控訴人主張の通りの生命保険契約が締結され、被控訴人主張の保険金が満期到来によりその主張の日に支払われたこと(その受領者が何びとであつたかの点を除く)、右保険の保険料負担者が徳光であつたことは当事者間に争がなく、被控訴人は、右保険金受取人及び実際の保険金受領者はいずれも辻徳光である旨主張するに対し、控訴人等は、右はいずれも被控訴人である旨抗争するので先ず右争点につき検討する。

相続税法五条一項にいう保険金受取人は、保険契約によつて決定された契約上(但し名義人という趣旨ではない)の受取人であること、右受取人が保険事故発生により取得する保険者に対する保険金債権が、右法条の所定要件を具えるときは、同法の課税対象になるものであることは、洵に控訴人等主張の通りであり、また本件保険契約上、保険金受取人の名義が被控訴人となつていたことについては、被控訴人自ら認めるところであるが、保険契約上殊に保険証券等の文書上に受取人として記載された者即ち名義人が、控訴人主張のように、常に右法条の受取人に該当するものと解することはできない。けだし、保険契約者が保険契約の表面上、通名、仮名、虚無人名又は自己の幼少の子女、家族若しくは雇人等、自己の事実上支配、使用し得る名義を用いて、その名義人以外の者、多くの場合、自己自身を示す氏名として用いることがあることは、世上往々にして見られるところであるから、かような場合はすでに当該保険契約上、保険者との関係においても、実質的な契約上の受取人は右名義人とは別人であつて、もしその必要が生ずるときは、右契約においても真実の受取人を探究する要があるけれども、保険者は右名義人に支払うことにより通常免責を受けるものであるから、多くの場合その探索の必要を見ないものであるに過ぎない。そして国の課税処分は、税負担者の生活関係の真相を調査してなさるべきであつて、単なる外形、表面的事実のみで、全く実質を伴わない財貨の移動現象等を捉えて軽々に課税すべきでないことは実質課税の建前上理の当然であり、前記のような他人名義の使用が、その名義人との間の通謀虚偽表示(これも一種の実質関係に属する)に基く場合は別として、(実在の名義人が名義貸与を承諾した場合において、保険者が名義人と真実の保険金受取人とが別人であることを知らずして契約したときは民法第九四条第二項により保険者その他の善意の第三者に対し、保険金受取人が名義人とは別人であることを主張しえない)他人名義の使用が、その名義人の全く不知の間に、しかも対外関係だけにおいてもその者に保険金受取の権利を得させる意思もなく、単にその名義使用者の一方的都合のみによりなされた場合の如きは、多少の困難は伴うとしても、課税は右の実質の有無を調査判定してなすべく、実質が存しなければ行わるべからざるものである。このことは単に保険課税の場合に限らず預金、株式等の譲渡についても常に生ずる筈のところのものである。

これを本件について見るに要するに双方の争点は、被控訴人は保険契約者辻徳光と名義上の保険金受取人(被控訴人)との同一性を主張し、控訴人等はその別異性即ち名義上の受取人(被控訴人)の実質性を主張するものと解せられるところ、成立に争のない乙第二、三号証証人大井淳造(原審、当審)、辻徳光の証言、被控訴人本人尋問の結果を綜合すると、本件保険契約上受取人として指定された被控訴人は、同時に被保険者であつて、保険契約者辻徳光の二女であり、契約当時一七才、従つて満期(昭和四三年一一月四日)において受取人となる場合は二二才に達すること、契約当時は高等学校生徒でその後満期前なる昭和三三年一〇月七日に挙式結婚した者であることから、本件における受取名義人は、実在者で、結婚を控えた成年前の女子である点のみからすると、一見受取人たるの実質を具えるものと見られなくはないけれども、他面において前掲各証拠によれば、辻徳光は大阪市天王寺区生玉町七〇番地において日本割烹学校を経営し、各種資産計約一億円を有する者であつて、本件保険契約成立当時たる昭和二九年頃には被控訴人の外に三女祝子をも養育し、本件契約と同時に右祝子を受取人とする同額の養老生命保険を契約したが、これ等の契約の受取人の決定については、その名義人に何等の了解、通知もなく、徳光の一方的意思で決定したのみならず、同人は他の所有財産たる前同所四〇番地の土地をも被控訴人に贈与の意思なくして同人所有名義で自ら保有するほか、被控訴人名義の預金通帳をも自己のものとして保有していること、本件保険金は、後に認定する通り、事実上徳光が請求して受領し前記学校の阿倍野校舎の建築費用に使用したこと、本件保険契約は、締結当時は父親徳光が娘である被控訴人の結婚費用として自ら負担支出すべき資金を準備する意図で加入したが、たまたま被控訴人が本件保険契約の満期前に結婚した関係上、別の金員を三、四百万円支出して結婚費用に充てたこと、結婚前に満期が到来しても、本件保険金を直接被控訴人の自由に委ね、これを贈与して実質取得せしめる意図はなかつたこと(このことは、わが国の習俗上、子女に結婚費として金員を直接支給せず、親自身の手において結婚準備を整え、その費用を支出する例が多いところから見ても、首肯し得る事柄である)、一方被控訴人自身も、自己を被保険者兼受取人とする本件保険契約の存することを知つたのは、昭和三三年一〇月の結婚以後であるが、右覚知後も自己の権利の生ずる契約とは考えず、単に名義みのの関係のものとして、本件契約に関する書類等はすべて徳光の管理、処置に委ねていたこと、以上の諸事実が認められる。

尤も乙第四号証(保険金請求書)、第六号証(領収書)には、被控訴人肩書住所を付した被控訴人の氏名と捺印があり、成立に争のない乙第五号証に徴すると右捺印にかゝる印影は被控訴人の印鑑として届出でられたものの印影に一致することが認められるけれども、証人大井淳造の証言(当審)によると、右被控訴人の届出印鑑も徳光が所持して自由に使用し、事実上これを支配しており、右乙第四、六号証も徳光の命を受けた日本割烹学校の秘書大井淳造が、被控訴人の了解なく、同人の氏名を記載し、右同人の印鑑を押捺して作成したもので、全く被控訴人の意思に基かない書面であることが認められるから、(なお乙第四、五号証の成立についての被控訴人の自白は、右証言によれば真実に反し錯誤に基くものと認められるのでその撤回が許容される)右書証によつては被控訴人の本件保険金取得に対する関与行為は認められず、むしろ前記徳光の保険金請求並びに受領行為が看取できる。

以上認定の諸事実に徴すると、本件保険契約上に定められた保険金受取人は、徳光の一方的意思に出でた全くの形式的、便宜的指定による名義のみのものであつて、その実質は保険契約者たる徳光自身を指すものであることを充分認めることができ、被控訴人名義で作成された乙第一号証(再審査請求書)、徳光名義の同第一〇号証(確認書)には、右認定に反して、本件保険金は被控訴人自身が受取つて徳光に立替金返済として交付とした旨の陳述の記載があるけれども、右文書はいずれも本件控訴人等に対する本件課税の不服申立について事情弁明に腐心した上の創作的陳述であることが、前記各証拠との対照上推測できるから、前認定を覆すべき決定的反証と為すに足りず、他に右認定を左右するに足る証拠がない。

そうすると、本件保険契約上の受取人は、その名義が被控訴人であるに反して、実質は辻徳光であると認むべきであるから、従つて、他に特別の事情なき限り、保険事故発生当時の保険金債権の実質的取得者も亦辻徳光であるというべく、前段認定の諸事実に徴しても、徳光の本件保険金債権ないしその受領保険金に対する支配力の存在は充分これを肯認することができる。そうすれば、本件贈与課税は、相続税法五条一項の要件の存在しないところに為されたものであるから、他の点の判断を俟つまでもなく、違法処分として取消を免れない。

次に控訴人大阪国税局長の為した本件審査請求棄却決定は、前記課税処分の違法を看過して為されたものであることは、容易に推察し得るところであるから、右決定処分もまた違法として取消されなければならない。

よつて、控訴人等に対する右処分の取消請求を認容した原判決は相当で控訴は理由がないから棄却すべく、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条第九三条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 岡垣久晃 宮川種一郎 奥村正策)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例